2010年8月に「建築家ブルーノ・タウト 人とその時代,建築,工芸のご紹介」を上梓しました。購入はこちらからお申込み下さい。 トップページには最新の記事が表示されます。最新5件の記事はメニューの一番上「最近の記事」に記載されています。それ以前の記事は「月ごとの記事」「カテゴリ」等でご覧下さい。

2007年02月26日

クヴェトリンブルグの町

文豪ゲーテがハルツ紀行を書きました。ブロッケン現象で有名なブロッケンの山もハルツにあります。この山には魔女が現れるという伝説もあり、魔女焼きという行事も行われます。このハルツの山並みの麓にクヴェトリンブルグという町があります。ここは旧東独で、偶然にも戦災を免れました。人口わずか2万5千人の小さな町ですが、13世紀以来の木造木組みの住宅が1200軒も並んでいます。日本の宿場町の規模とは全く異なり、中世の町に飛び込んでしまったような錯覚に陥ります。木の柱、梁にしっかり支えられこの住宅群は風雪に耐え現在はユネスコの世界遺産に指定されています。


クヴェトリンブルグの町並み

この町の歴史は古く、10世紀には神聖ローマ帝国の初代皇帝オットー1世がここに居をかまえました。町の中心の丘の上に建つ聖セルバチウス聖堂は堅固なお城のような作りです。ロマネスク様式の聖堂で、ドイツ最古のものです。この町を訪ねるといつもこの聖堂の下にあるホテルに投宿し、自転車を借りて町を走ります。専門家がみると木組みの様子からその住宅が何世紀に建ったかわかるそうです。多くの住宅に文化財保護のマークが付いています。そして古建築の修復と保全の教育がそこでも行われています。町を飛び出しハルツの山の方向に自転車を向かわせると森が増えてきます。クヴェトリングブルグの住宅もこの森から切り出された材木を使用して造られたのでしょう。

quedlinburg_2.jpg
クヴェトリングブルグの町並み

ハルツの山の多くの部分は旧西独にあり、1972年ベルリン工科大学ヘルマン・リーチェル研究所に留学時代当時の仲間と西側から遠くにこの町をみたことはありましたが、現在は直接この町を訪問でき宿泊もできるとは隔世の感がしました。当時一緒に西側のハルツの山を散策した仲間とは今も家族ぐるみの交際が続いています。


posted by 田中の住居学 at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 街並み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月22日

古代のドイツ

古代日本の事が中国の歴史書「魏志倭人伝」などにより日本に伝えられたように古代ゲルマンのこともローマの歴史書、タキトウスの「ゲルマーニア」(岩波文庫より和訳あり)によって伝えられました。
現在のドイツの土地はローマ人によって支配され、9世紀にウァールス率いるローマの軍団がアルミニウス率いるゲルマンの軍団に破れ、敗退し、現在のドイツの土地にゲルマン人が住むようになりました。


カルクリーゼの森

この戦いがトイトブルグの森の戦いといわれ、歴史書には書かれていたのですが、場所が特定されませんでした。1971年私が留学生としてドイツ語を学んだのがヘアフォードという土地でしたが、ハノーバーからヘアフォードに列車が向かう途中にミンデンという駅があり、その近くにヘルマン像という巨大な剣を天に差し向けた銅像が立っていました。
ヘルマンとはアルミニウスのドイツ名で、その敬礼はヒットラーの敬礼の元ともなった国粋主義の象徴でもありました。この土地がトイトブルグの森ですが、実際は最近になり、オスナブリックの北20kmの土地カルクリーゼでローマの貨幣や人骨が多量に発見され、これが戦場跡であったと同定されました。国粋主義を煽ってはいけないというドイツの配慮かあまり知られてはいません。

交通の便も悪いカルクリーゼへ出かけまだ発掘が続く戦場跡を見学したことがありました。そこでは鬱蒼とした森があり、ドイツの古代史とは無関係に子供たちに森と親しむ教育が行われていたのが、印象的でした。


カルクリーゼの森:子供が学んでいる
posted by 田中の住居学 at 13:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月15日

木構造はすばらしい

よくドイツに出張する。ドイツで面白くない事がある。これは大きな都市で見本市(メッセ)があるとその都市のホテル料金が高くなる事である。
見本市と関係の無い仕事で出かけてもたまたまその年でメッセがあるとホテル料金は異常に高く設定されている。そのような事が続くと当方もその都市の近郊の町に宿泊し、そこから電車などで、都市へ出かけると言うことを行なうようになった。
フランクフルトはよくメッセを行う。この場合フランクフルトを流れるマイン河を80km程遡ったミルテンベルクという町に泊まる。ここにはリーゼンという1158年に建てられたドイツ最古のホテルがある。
hotel_out.jpg
ミルテンブルクの古いホテルリーゼン

日本で言うと平安後期であるが、これが改造に改造を重ね、現在でも使用されている。マリーアントワネットの母親であるマリアテレジアやドイツ皇帝のフリードリッヒ三世、フランツ二世、エッチングで有名なデユ―ラーも宿泊をしたホテルである。
このホテル、外から見るとよく分からないが、構造は木造木組みである。しっかりした木造の梁、柱に支えられ850年の風雪に耐えてきたのである。

hotel_in.jpg
ホテルリーゼンの天井。
posted by 田中の住居学 at 14:12| Comment(1) | TrackBack(0) | 建築物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月08日

関連リンク

piccolo.jpg


mokukouzou.jpg
posted by 田中の住居学 at 10:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。