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2009年04月28日

クリストフォロスの訂正

以前このブログで少年の姿をしたキリストを担いでライン河を渡った大男の話を書きました。増水するライン河を少年に無理にせがまれ大男は少年を肩に乗せ渡るのですが、最初は軽かった少年が徐々に重たくなり、河の中で身動きが取れなくなる、それでも頑張って向こう岸へ渡し、大男はそこで息絶える。少年は大男に祝福を与え、十字架を背負って去っていくと言う話でした。


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これは南ドイツのホルツキルヘンのホテルにあるクリストフォロスの壁画です。大男が少年を肩に河を渡っています。


それ以来大男はキリストを渡した人と言う事で、クリストフォロスとして聖人に叙せられたということです。このキリスト教とゲルマン神話の混じった話はライン河に沿ってあちこちに絵が残っています。ケルンの大聖堂にもあります。しかし小生が以前これがクリストフォロスの絵であるとご紹介した絵は間違えていました。既に数名の方からご指摘を頂いておりましたので、改めて最近撮影したクリストフォロスの壁画をご紹介します。


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これはミュンヘンの郊外にある美しい湖キムゼーの畔で見つけたクリストフォロスの壁画です。神話ですから少年(キリスト)もクリストフォロスも様々なものがあります。クリストフォロスの絵は単にライン河畔だけでなく、ドイツのカトリック勢力が強い土地でよく見ることができます。


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これもキムゼーの畔で見つけたクリストフォロスの壁画です。



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2009年04月20日

ブルーノ・タウト設計のオンケルトムズヒュッテの集合住宅

2008年7月にベルリンに1920年代に建設された集合住宅がユネスコの世界文化遺産に指定された。その内4件はブルーノ・タウトが中心となって設計を行ったものである。この4つの住宅団地がタウトの代表作かと言うと必ずしもそうではない。高く評価されているタウト設計の住宅団地にはベルリンのツェーレンドルフ(Zehlendorf)地区のオンケルトムズヒュッテ(Waldsiedlung Onkel Toms Hütte)住宅団地がある。これは森の団地と呼ばれている。森の中に建つ集合住宅群であるが1926年から1931年の間に建設されている。タウトが青春時代を過ごし、妻を得たベルリン郊外の地コーリン(Chorin)の森林をここで再現させたと言われる。ここにはタウトの顕彰碑も建っている。ブリッツの馬蹄形集合住宅とほぼ平行して計画が進められ、タウトの最も円熟した時代の作品と言われている。


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アルゼンチン通りの集合住宅

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森の団地オンケルトムズヒュッテの集合住宅は芝生と白樺
と松が共にある。

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オンケルトムズヒュッテの団地は地下鉄の線路の北と南に広がっています。北側はオウム地区と呼ばれる非常に派手な彩色を施した団地があります。その一部を紹介します。

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これもオウム地区の集合住宅です。

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オンケルトムズヒュッテの集合住宅です。

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オンケルトムズヒュッテにあるブルーノ・タウトの顕彰碑です。
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2009年04月13日

タウトの伴侶エリカの墓

Tautの伴侶Ericaの墓はタウトとエリカの間に1918年10月24日に生まれた娘KlarissaによりBritzのKoppelwegにある墓地に建てられた(タウトの名前はメモリアルで遺骨は埋葬されていない)。


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行方が分からないとされたタウトの伴侶エリカの墓は馬蹄形住宅団地のあるブリッツのKoppelwegという道にある市営墓地にありました。


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タウトの伴侶エリカの墓はKoppelwegの墓地の一番奥まった所にありました。しかし墓石の前の樅が茂り直ぐには見つけることが出来ませんでした。この写真もドイツ人の友人に左右で引っぱって頂きやっと撮影したものです。エリカは日本から帰国し、収入も無く最後は失明し、1975年にベルリンで亡くなったそうです。


1916年タウトはErica Wittichと知り合い同棲するようになる。1933年Ericaと共に来日。Ericaはベルリンの町を形作った大建築家Karl Friedrich von Schinkelの血を引くという説がある。「日本−タウトの日記」の訳者篠田英雄先生は次のように日記の解説に述べている。
エリカ夫人は、1939年9月に、タウトの遺稿ならびに遺品とデスマスクを携えて、再び日本を訪れた。デスマスクは、高崎におけるタウトの旧居「洗心亭」のすぐ傍の少林寺達磨寺に納められたのである。この年の12月24日に、エリカ夫人と少数の知友とが達磨寺に集まり、住職広瀬大蟲を導師として一周忌の法要を営んだ。その後、日本をも含めて世界の情勢は急速に変転しまた悪化した。ドイツ人であるエリカ夫人にとって、日本はもはや住みよい地ではなくなった。・・・
たぶん46年にアメリカを経て帰国したらしいが、日本のどの知人も、その後の消息を知る事ができずにいる。であるが夫人は既に高齢の筈である。上野氏は、1958年に戦後のベルリンを訪ねたが、マクス・タウト氏ですら、エリカ夫人が東ドイツに居住しているということ以外には何も知るところがなかった。いずれにせよ、この日記と共に、日本に関するタウトの著作原稿は、その保全に忠実であったエリカ夫人のお蔭で、すべてこの国に残されることになったのである。(タウトの日記解説:篠田英雄:昭和50年6月)



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エリカの墓の近くにあった人形です。タウトの為に一生懸命尽くしたエリカもタウトの作品ブリッツの集合住宅の近くで波乱に満ちた生涯を終え静かに眠っています。全て世は事も無し


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高崎の少林山達磨寺の庵「洗心亭」で過ごしていたブルーノ・タウトと伴侶エリカです。


ブルーノ・タウトは大変な偉人であったが、日本における活動は伴侶エリカの出来すぎる手助け無しには達成できなかったはずである。特に篠田先生が記述されているようにエリカがトルコから苦労をしてタウトの遺品を日本に持ち込まなければ殆どの事が忘れ去られていたであろう。


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ブルーノ・タウトと伴侶エリカが過ごした少林寺達磨寺の洗心亭も木造建築で痛みが激しくなりました。2008年に無事改修が終わり、その年の12月24日(タウトの命日、没後70年)に竣工披露が行なわれました。
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2009年04月06日

ブルーノ・タウト設計によるブリッツ(Britz) の馬蹄形団地

ベルリンのブリッツにある集合住宅で2008年7月にユネスコの世界文化遺産に指定された。
1925年から1930年にかけて設計と工事が行われ、主にブルーノ・タウトが担当をした。住宅団地の面積は37.1 ha、緩衝帯面積73.1 ha、総面積110.2 haの大住宅団地である。1,963戸の住宅があり、その内1,556戸は集合住宅で、407戸がタウンハウスタイプである。馬蹄形の住宅が有名であるが、その馬蹄形から放射状に長方形の集合住宅も並ぶ。多くは燕尾色などに彩色されている。


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2008年7月にユネスコの世界文化遺産に指定されたブリッツの馬蹄形住宅です。建物が大きいので、地上からでは馬蹄形になっている事が分かりません。

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ブリッツの馬蹄形住宅で中庭が見渡せる場所から撮影しました。

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ブリッツの馬蹄形住宅の階段室のある部分です。タウトは彩色を施す事でアクセントを付けました。

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タウトは馬蹄形住宅から放射状に出る長方形の集合住宅も設計しました。ここでは臙脂色に彩色が施されています。

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馬蹄形住宅を中庭から眺めたところです。

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2008年7月にユネスコの世界文化遺産にしていされたブリッツの馬蹄形住宅の中庭にはタウトの顕彰碑があります。

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