2010年8月に「建築家ブルーノ・タウト 人とその時代,建築,工芸のご紹介」を上梓しました。購入はこちらからお申込み下さい。 トップページには最新の記事が表示されます。最新5件の記事はメニューの一番上「最近の記事」に記載されています。それ以前の記事は「月ごとの記事」「カテゴリ」等でご覧下さい。

2010年01月25日

ブルーノ・タウトが仕事をしたマクデブルグの町

マクデブルグは旧東独の都市で、ザクセン・アンハルト州の州都です。かっては東方のスラブ人と戦う際の要衝として重要な役割を果たしました。 805年、カール大帝時代の文書に初めてこの名があらわれます。 神聖ローマ帝国初代皇帝オット− 一世が即位前に過ごした街としても知られています。かつてその宮殿が在った場所には、ドイツ最初のゴッシク建築と言われる聖マウリトス大聖堂が建っており、オットー大帝とその妻エドギタの棺が安置されています。 968年に大帝によって司教座が置かれ、以後、大司教の保護の下で大いに栄えました。後にはハンザ同盟の一員となりました。 1301年、ツンフト(同職ギルド)が市政参加を求めて蜂起したが失敗、首謀者が処刑されました。 1524年、宗教改革に際しルター派に転じました。 マクデブルグ大学は初めて創設されたルター派の大学です。 30年戦争で打撃を受け、市長オットー・フォン・ゲーリケが復興に力を尽くしました。 この市長は優れた物理学者でもあり、真空の実験(マクデブルグの半球)を行ったことで知られています。ブルーノ・タウトはこのような町で1921年から24年まで市の建築顧問を行っている。

100125_1.jpg
マクデブルグは古い町ですから古い建物も多く残っています。これは現在も建築の専門学校として使用されています。


100125_2.jpg
ドイツで一番古いといわれるゴシックの教会「聖マウリトス大聖堂」


100125_3.jpg
聖マウリトス教会を横から見た所です。


100125_4.jpg
マクデブルグ市のヨハネ教会(Jahaneskirche)です。


100125_5.jpg
マクデブルグ市には新しい建築としてオーストリアの建築家フンデルトヴァッサーが設計したフンデルトヴァッサーハウスがあります。


100125_6.jpg
フンデルトヴァッサーハウスの塔部分です。


100125_7.jpg
フンデルトヴァッサーハウス内の売店です。楽しいですね。



posted by 田中の住居学 at 00:00| Comment(0) | 街並み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。