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2007年02月22日

古代のドイツ

古代日本の事が中国の歴史書「魏志倭人伝」などにより日本に伝えられたように古代ゲルマンのこともローマの歴史書、タキトウスの「ゲルマーニア」(岩波文庫より和訳あり)によって伝えられました。
現在のドイツの土地はローマ人によって支配され、9世紀にウァールス率いるローマの軍団がアルミニウス率いるゲルマンの軍団に破れ、敗退し、現在のドイツの土地にゲルマン人が住むようになりました。


カルクリーゼの森

この戦いがトイトブルグの森の戦いといわれ、歴史書には書かれていたのですが、場所が特定されませんでした。1971年私が留学生としてドイツ語を学んだのがヘアフォードという土地でしたが、ハノーバーからヘアフォードに列車が向かう途中にミンデンという駅があり、その近くにヘルマン像という巨大な剣を天に差し向けた銅像が立っていました。
ヘルマンとはアルミニウスのドイツ名で、その敬礼はヒットラーの敬礼の元ともなった国粋主義の象徴でもありました。この土地がトイトブルグの森ですが、実際は最近になり、オスナブリックの北20kmの土地カルクリーゼでローマの貨幣や人骨が多量に発見され、これが戦場跡であったと同定されました。国粋主義を煽ってはいけないというドイツの配慮かあまり知られてはいません。

交通の便も悪いカルクリーゼへ出かけまだ発掘が続く戦場跡を見学したことがありました。そこでは鬱蒼とした森があり、ドイツの古代史とは無関係に子供たちに森と親しむ教育が行われていたのが、印象的でした。


カルクリーゼの森:子供が学んでいる


posted by 田中の住居学 at 13:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
研究室でも拝見にいたしましたが、カレンダーにしてもいいようなすてきなお写真ですね。
Posted by NS at 2007年02月22日 14:51
コメントありがとうございます。先生はすばらしい写真をたくさんお持ちなので、ブログアップが楽しみですよね。
Posted by 田中研 at 2007年02月23日 10:44
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