
ハインリッヒハイネが「なじかは知らねど心わびて。。」と歌い上げたローレライ
ハインリッヒ・ハイネ(1797〜1856)の詩にフリードリッヒ・ジルヒャー(1789〜1860)が作曲したローレライは近藤朔風により翻訳されわが国でも親しまれています。「なじかは知らねど心わびて、昔の伝説(つたえ)はそぞろ身にしむ。寂しく暮れ行くラインの流れ・・・」

ハイネは住宅の窓から顔を出す少女に花束を捧げ、愛を告白します。
ローレライはLoreleiと書きます。日本人はLとRの区別がつきません。ビアホールで楽隊が入っていてローレライをリクエストしてもなかなか通じないそうです。そもそもアクセントの位置も最後にあり、日本で一般に話しているのとは異なります。
ハイネはデュセルドルフのユダヤ商人の家に生まれています。ハイネの時代がユダヤとゲルマンがうまく共存していた時代と言えます。ナチ政権になり、ローレライにあったハイネの碑も撤去されたそうです。

ロマンチストハイネはドイツ人に愛されたユダヤ人でした。デュッセルドルフの出身でした。